もんじゃ わらしべ(夜)@月島

「わらしべ」 【月島/もんじゃ】 あまり自ら食べようというモチベーションにならないもんじゃ。職場の飲みにより月島まで。ほていさん以来の訪問。 全く興味のなかった食べ物だったけれど、少し調べてみるとお好み焼きよりもその歴史は長いらしい。 もんじゃ焼きの歴史についてもう少し詳しく説明すると――その明確な起源は「麩の焼き(ふのやき)」という菓子にまでさかのぼると言われています。これは小麦粉の薄い皮に味噌や砂糖を塗って巻いたもので、茶会の茶菓子として千利休が好んで作らせていたことでも有名です。 この麩の焼き、江戸時代末期になると、味噌のかわりに餡(あん)を巻く「助惣焼(すけそうやき)」なるものが登場します。さらに明治になると、東京を中心とした地域で「もんじゃ焼き」が生まれました。以上がもんじゃ焼きの歴史の概要です。 名前の由来は江戸時代末期から明治にかけて、子供たちが出汁で溶いだ生地で鉄板に文字を書いて覚えながら食べていたのが始まりで、文字(もんじ)焼きと呼ばれたのがルーツです。 当時、東京の隅田川河口の中州の埋立地として誕生した町、月島。いかにも下町らしい街並みに発展した月島で、とりわけ子供たちで賑わっていたのが路地の駄菓子屋です。店の奥に鉄板の焼台を置き、小麦粉を溶いて薄く焼いたものに醤油や蜜をつけて食べさせたのが、「もんじゃ焼」の始まりだとか。 子供の食べ物だったという通り、食べる過程そのものを楽しめるので酒のつまみとしてサラリーマンに人気があるのも分かるような気がする。 …

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ほていさん(夜)@月島

「ほていさん」 【あんこう/月島】 暁星の仲間と鮟鱇鍋。 東京で鮟鱇鍋と言えば、神田の「いせ源」か月島の「ほていさん」ということで、鮟鱇を食べに月島まで。いせ源が醤油ベースなのに対して、こちらはいわゆる「ドブ鍋」。鮟鱇の肝を味噌に溶いたものがベースとなっている。 勝ちどきからてくてく歩いて2号店へ。間口の狭い引き戸を開けると、奥の座敷に通される。メニューらしきものは一切なく、まずはお通し。そして刺身の盛り合わせが自動的に出されてくる。皿の上には大量の雲丹、帆立、カンパチ、鮪、つぶ貝、シャコ、タコが溢れんばかりに載っている。 その後しばらくすると鍋の登場。店員が蓋を開けて見せると、そこには大量のあん肝が盛られおり、ひとすくい刺身の皿へ移されて「どうぞ」と勧められる。 店員が立ち去った後、鍋の中身を撮りたいなと思っていたらいいタイミングで友人が蓋を開けてくれる。さすがつきあいが長いだけあって、よくできた友人だ。せっかくポーズをとってくれたその友人の顔をフレームに収めなかったのは申し訳なかったが。 ぐつぐつ煮たってから蓋を開けると良い匂いが漂う。食べてみると全く臭みはなく、濃厚なあん肝のクリーミーな味わい。 最後は鮟鱇の出汁たっぷりの雑炊で締め。 とにかく量が多く、お腹一杯。 その後、霞ヶ関に勤めるメンバーと有楽町で合流。銀座で適当に飛び込んだ居酒屋で軽く泡盛と焼酎を頂き、ちょうど良い感じでお開きに。 →他のグルメブログを探す ほていさん 本店…

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